2012年5月7日月曜日

03 「玉揺らぐ、海の上」 全文掲載

今回コミティア100にて頒布した、多摩ホーク 03 「玉揺らぐ、海の上」を掲載します。
人間と、神との関係を旧約聖書の創世記を意識して、オリジナルのストーリーにしました。
未来の記憶がなくなる、というくだりが肝となっております。



  玉揺らぐ、海の上


         一
 ***(表記・発音不明)は、暗く広い海の上を漂うもっとも複雑な生きものであった。***,たいていは優しく揺れる海の上で眠っているが、ときどき眼を覚ますことがあった。***は目を覚ますと、周りをよく見るために明かりをつけた。その明かりは彼の手から生じ、光を発する丸く小さい玉であった。海には他にも複雑な生きものがいたが、玉を作ることができるのは彼だけであった。その玉はしばらくの間、海の上を***と一緒に漂うが、***が飽きるころになると、段々と光が弱くなり、消えていくのだった。
 ***はこの玉をこれまでにも何度も何度も、数え切れないほど作ってきたが、もともと自分から生まれたものであったから、彼はこれが何でできているのかは知らなかった。たいしてこの玉に関心があったわけでもなかったが、***はあるとき、ふとこの玉をじっくり見てみようと思い、顔を近づけ目を凝らした。
 すると、玉は大きな強い光を放った後に消えてしまった。この光によって***は目を潰したが、彼はそのことを特に気にしなかった。周りを目で見る必要がなくなったので、その後彼はこの光の玉を作ることはなかった。このことの後も、***は暗く、穏やかな広い海の上を、いつまでもひとりで漂い続けた。

         二
 ***が目を潰す幾度か前に光の玉を作ったときには、一緒に彼の体の一部、つまり指も玉のなかに入ってしまった。***は指の一部をなくしたことを気にしなかった。彼、すなわち彼の一部は光の玉のなかで意識を持った。***は自分を元の体と同じように作り上げ、目を開いた。その瞬間、玉のなかに大きな光の爆発が起こり、このとき彼の目は潰れてしまった。また、***は驚き、初めて言葉を発した。この言葉は、玉のなかをいつまでも拡がり続けた。
 そして、この光の爆発のときに、彼はこれから何が起こるのかをすべて知ったことに気づいた。彼は時が経てば経つほど、自分自身が遠いところに行くような感覚を覚えた。遠く、小さく、自分の存在が薄れていくような感覚を持った。それは実際に時間が経つに連れて、彼にとって本当の感覚になっていった。
 自分はどんどん遠いところにいくようではあったが、全体としての玉の大きさは変わらないのであった。玉のなかと外とは別のものでできているようであり、その理も全く違うものなのであった。このことを***は知らなかった。玉のなかのすべてを知り、玉の外のすべてを知らず、玉の外そのもののことも知らなかった***は、今自分がいるところに居続けることに決めた。それはまた、彼が知った未来のなかに、常に自分も含まれていたからであったし、そうしない理由もなかったからである。しかしすべてを知っていた***は退屈であった。

         三
 光の爆発のときに知ったとおり、いずれ玉のなかには輝く小さな玉が数限りなく生まれた。玉と玉が集まることもあり、その集まりがまた別の集まりと交わることもあった。多くの集まりは渦を巻き、その中心を空間に定めた。退屈であった***はこれらの小さな渦同士を結び、表れた形に名前をつけていった。しかしその名前を彼はもとよりすべて知っていたので、いずれこの遊びにも飽きてしまった。
 時が経つにつれ、自分の存在が本当に薄れていくなか、***が寝ていたうちに***にとっては既知のことであったが、変化があった。輝く玉に従事する、自らは光を発しない玉のひとつに、これまでには存在しなかったものが表れた。光を発しない玉の表面に表れたそれらは***と同様に自らの意志で動く生きものであった。彼らは自分とそっくり同じかたちを組み上げ、その表面に数を増やしていった。目覚めた***は、彼らがついに表れたことにはじめは喜んだが、そのときは、来る未来に備え、玉のなかのさまざまなものごとに意味を与えることに忙しかったので、彼らの存在は***がひととおり意味を与え終わるまで忘れられた。
 
         四
 これらの存在は、はじめはただ己を複製する小さな存在であった。これらは次第にその構造を複雑にしていき、自らを動かすことができるようにし、生きものと呼べるまでになった。そしてこれらの生きもののうちに、ある複雑さが生まれた刹那に、大きな変化が起こった。彼らがこの複雑さを得た途端、***にとってはそれまで確かに記憶として存在していたはずの、彼らの存在しない未来過去のすべてが、彼の頭の中から消え去ったことを知った。それと同時に、今より先の未来が曖昧で不確定なものに変わっていくことに気づいた。数瞬の後に未来の記憶がすっかり消え去ってしまった。これに驚いた***は、すぐにこの生きものの充分な複雑さを理解し、自分が無限の記憶と退屈から解放されたことをたいそう喜んだ。***は、彼らに未来を作るものの意味を与えた。彼がものごとに意味を与えたのは、これが最後であった。また、意味と目的を与えられたこの生きものたちは***に感謝し、彼に名前と意味を与えた。彼はこの名前を気に入った。彼らは当座の間、幸福であった。
                                                終

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